宇都宮市出身。都内の映像専門学校を経てUターン。市内でご主人とブックバーを経営後、2011年、移動本屋「TrunkBooks」の活動をスタート。ライター業も行う。
TrunkBooks 三上美保子さん
ベッドタウンとして人気の高い宇都宮市岡本地区。2016年に新駅舎となった岡本駅前周辺の開発も進み、ますます移住者も増加してきたこの街は、駅前から少し車を走らせただけで、のどかな田園風景が広がります。今回登場するのは、移動本屋として活動している「TrunkBooks」の三上美保子さん。生まれ育った街に戻り、毎日の暮らしを楽しんでいる三上さんに、これまでとこれからのお話をお伺いしました。
栃木で暮らす幸せを感じる
主人はIターン、私はUターンというかたちで、地元暮らしを始めて今年で18年目になります。思い返すと、落ち着きのない生きかたをしてきたなと苦笑いしてしまいます。でも、それも私らしさかもしれません。いろいろな出会いのおかげで、今こうして自分の故郷で自分がやりたいことをしながら暮らせることに、幸せを感じています。
高校を卒業後、私は東京の映像専門学校へ進学。田舎育ちの私には、東京は憧れそのもの。進学が決まったと同時にアパートを決め、都会での生活を楽しみにしていました。映画監督の夢は早々に挫折をしましたが(笑)、アルバイトをしながら都会生活を満喫していた私は、縁あって主人と出会い、結婚することに。
私の家族への挨拶のために、初めて主人がこの街にやってきた時、しみじみと彼がこう言ったんです。「ここはいいところだね」と。最寄りの岡本駅から少し車を走らせると、青々とした麦畑、ゆるやかな流れの小川と田舎らしい風景が、目の前に広がります。私には、生まれてから何一つ変わらない当たり前の風景も、主人にとっては新鮮だったようでした。
のびやかな暮らしがしたい
都内でのマンション暮らしも4年目になりそうなとき、思い切って私の地元である宇都宮市に戻ろうと決意。それは将来、私たちに子どもができたときに、自然とのふれあいも多い栃木県のほうがのびやかな子育てができる。そんな確信があったからでした。
古い農家ばかりの集落である実家での同居がはじまると、都内暮らしではほとんど経験がなかった田舎ならではの近所づきあいがスタート。みなさん、口数は少なめですが、相談ごとをすると親身になってくれる、これでもかというおもてなしをしてくれるなど、不器用でシャイ、奥ゆかしくも優しい人ばかり。主人は、そういうところがこの街や人の魅力なんだと言っていました。
人のあたたかさに触れる
栃木県での暮らしを決めた、もうひとつの大きな理由が「好きな音楽を聴きながら本やお酒の飲める、ブックバーのような店をもちたい」ということでした。本と音楽とお酒が好きな私たちは、念願かなって、宇都宮市内にお店をオープン。毎日のように顔を出してくれる常連さんもついて、充実した日々を送ることができました。
紆余曲折あり、数年後に店を閉めて主人は転職をしたのですが、この店を営んでいたときに出会った人たちは宝物。今でもいいお付き合いをしてもらっていますが、みなさんのあたたかさもまた、私たちがこの街で暮らしたからこそ得られたものなんだと思います。
立ち寄れる本屋があったら
毎週のように古本屋巡りをしていた私たちの暮らしは、子どもが生まれた後も変わらず、車で遠方にあるお目当ての古本屋に出かけていくこともしばしば。当時はイベントやマルシェが盛んに行われるようになった時期で、私たちは子どもを連れてよくそういったイベントにも足を運んでいました。そこでふと思ったんです。「本屋がない!」
飲食店や雑貨店でにぎわう空間に、ふらりと立ち寄れる本屋があったら、もっと楽しいんじゃないかな。それが「TrunkBooks」のはじまりでした。
トランクひとつの移動本屋
「TrunkBooks」は、実店舗をもたない移動本屋です。イベントや企画展に出向き、本のある空間を提供。商い業より、空間づくりのお手伝いという感覚で活動しています。活動は地元だけでなく、県外への出店も多く、さまざまな街にトランクとともに旅をしています。
「トランクひとつあれば、店はどこだってできる」という、良くも悪くも私のフットワークの軽さ(笑)。そして、不便さが苦にならず、「ないならつくればいい精神」をモットーにしている私らしさの原点は、この生まれ育った実家に広がる田園風景、いつまでも変わらない田舎の大らかさが育んでくれたんじゃないかと思っています。
大谷石の蔵が書庫に
趣味で増え続ける本。捨てられない本の山を目に、どうしようかと思っていたとき、知人が自宅敷地内にある大谷石蔵を見て「これ、もったいないよ」と言ったんです。その一言で書庫をつくろうと思いつきました。
大正時代につくられたこの蔵は、とても頑丈につくられていました。中は昔のタンスや農機具などが入っていただけで、物置状態。状態がとてもよかったため知り合いの設計士さんに相談し、3面の壁を天井まで続く本棚にした、吹き抜けの書庫をつくってもらいました。
この書庫のおかげで友人が来ては、ここでの時間を楽しんでいます。この蔵をつくったご先祖様も、喜んでくれているかもしれませんね。
優しい街で優しい人に
じつは書庫をつくっている頃から今に至るまで、主人は単身赴任をしています。赴任が決まった時、主人は「優しい街で暮らして、優しい人になってほしい」と家族全員での引っ越しを考えず、単身一択。子どもたちに、ここでの生活を大切にしてほしかったんでしょうね。赴任して数年経った今も休みの度に主人は帰ってきて、子どもたちと出かけたり、書庫でゆっくり自分の時間を過ごしています。
主人の思いが通じてか、2人の子どもたちは優しく思いやりのある子に育ってくれていると思います。買いものや通学に便利な都会ではない田舎暮らしは、子どもたちとってみれば退屈で不便な面もあるかもしれません。でも、道を歩けば春はレンゲ畑、夏は青田、秋は彼岸花、冬になれば白鳥のやってくる水田に辿り着きます。
そして自宅敷地内の書庫は、きっとこれからも私たち家族の心地いい場所として、暮らしを豊かにしてくれるでしょう。与えられた環境を自分たちなりに自由にカスタマイズしていくことで、この街での生活がどんどん面白くなることを、子どもたちも自然と身に付けてくれることを願っています。