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日光市の足尾町 | 「洞窟おじさん」の舞台になった洞窟「海街diary」のロケ場所など

掲載日: お出かけ
日光市の足尾町 | 「洞窟おじさん」の舞台になった洞窟「海街diary」のロケ場所など

久しぶりに足尾へ行ってみる

先日、『洞窟おじさん』というテレビドラマを見ました。ほぼ実話ということですが、ユーモアもシリアスもあり、たいへん面白いドラマでした。長くなるので内容は割愛しますが、そのドラマの中で主人公の幼少期、優しくしてくれる叔母さんの出身地が足尾でした。原書の『洞窟オジさん』(加村一馬著)の舞台も足尾銅山です。

その足尾、10年くらい前に取材で行きましたが、イメージに残っているのは「赤」。すべての景色に赤いフィルターがかかっているような感じに見えて驚いたのを覚えています。久しぶりに行ったら印象は変わっているんだろうか?日光のいろは坂の手前、清滝から日足(にっそく)トンネルに入ります。足尾の玄関口です。とても長い長い日足トンネルですが、そこを抜けると今回の目的地、足尾に。

足尾銅山を観光

足尾銅山のゲートには、メインキャラクターの源さんと呼ばれるゆるキャラ(?)が、「さあ!出発じゃ!」と言っています。これはいやが応にもテンションが上がります。中に入ると炭鉱で働く人を模した人形があります。まわりにいた子どもたちは不審がって近づこうとしません。

しばらくすると待合スペースから誘導されます。そこに待ち構えるのはトロッコ列車。なんだか夢の国に来たような錯覚すら覚えます。

それに乗り込むとガタガタとすごい音を出しながら出発。なにやらアナウンスが聞こえますが騒音にかき消されてよく聞こえません。列車が止まるとそこからは徒歩で進みます。さっきまでトロッコが走っていた線路を少し戻って側道に入ります。

江戸、明治、大正時代と栄えた足尾銅山

足尾銅山の歴史は古く江戸時代に始まります。1550年に2人の農民により発見され、1610年には江戸幕府直属の鉱山として採掘が開始され、鋳銭座(ちょうせんざ)もつくられます。お金を作る工場ですね。

しかし、幕末になると銅の産出量は全盛期の100分の1になり、ほぼ閉山状態。明治4年には民営化されます。明治10年、古河市兵衛(ふるかわいちべえ)が経営者となります。その4年後に新たな鉱脈が見つかると瞬く間に日本の銅の40%を生産する大銅山になります。大正5年には県内で宇都宮に次ぐ人口を誇ったそうでたいへんな繁栄ぶりでした。その後、昭和に入り、1973年まで約400年の歴史に幕を閉じます。

そして、1980年から現在まで足尾銅山観光として営業しています。江戸、明治、大正、昭和の長い歴史の中で技術の進歩により採掘方法の変化などが人形によって再現されています。進んでいくと現代に近づいていきますが、人形かと思ったらリアルに坑道の検査をしている人がいて私は地味にビクッとしてしまいました。

外に出るとトロッコなどの展示物と一緒に、さく岩機の体験コーナーがあります。せっかくなのでスイッチを入れてみると……。

ガガガガガガ……!!

とんでもない轟音で周囲の視線は私に集中。すぐにでも立ち去りたかったのですが、体感せずには記事になりません。さく岩機のハンドルを握ると……。意外にソフトな振動でした……。

その先には鋳銭座の展示コーナーがあります。江戸時代に寛永通宝(かんえいつうほう)の作られた様子が模型などで再現されています。

それと、気にもとめなかったのですが、真ん中の穴の部分、なぜ四角なのかここに来てわかりました。正方形の串に何百枚か通して周囲を磨くらしいですが、この串が四角いことで、しっかりと固定されるってことですね。最後に、「銅もありがとう また銅ぞ」の看板が。「銅いたしまして!」と返しておきましょう。

通道鉱山神社へ

通洞鉱山神社に寄ってみます。

この神社でとても気になったのは狛犬です。なんでしょうこの感じ。

1743年に作られたものらしく、もともとは簀の子橋山神社(足尾銅山発祥の地らしいです)に祀られていました。ちゃんと由緒あるものです。江戸時代にこんなにユーモラスな作品を残した名もない作者に賛辞を送りたいです。神社にはもしかしたら天然記念物のニホンカモシカが参拝したのかもしれない形跡もありました。

足尾歴史館、古河掛水倶楽部は冬季休業中

近くに足尾歴史館があります。ですが、大変残念なことに、2021年の3月末まで冬季休業中とのことでした。足尾に来たなら触れずには行けないと思っていた鉱毒の件をここで知りたかったのですが、またの機会にします。

鉱毒の歴史が足尾の「暗」の部分であるとすれば、「明」の部分はここではないかとお邪魔したのは古河掛水倶楽部。足尾の迎賓館と呼ばれています。とても素敵な建物で今回の散策で一番行きたかった場所です。しかし、こちらも4月初旬まで冬季休業中。くやしいのでフェンス越しの写真や少し移動して川の向こうからの写真を撮影しました。

カッコいい渡瀬橋

すぐ近くには渡瀬橋があります。とてもカッコいい橋で、この橋から150mの所に渡瀬川の由来となった場所があるそうです。

足尾はこの渡瀬橋意外にもカッコいい橋が点在しています。足尾橋や古河橋です。その中でもこちらの古河橋は素晴らしくカッコいいです。現在は渡ることはできないようですが、なんともいえない雰囲気ですよね。

中華料理栄山のスーラータンメン

空振り続きでお腹も空いたので昼食にします。以前取材で足尾に来たのはこのお店でした。中華料理栄山(えいざん)。ここに来た人はほぼ頼むであろう名物メニューがスーラータンメン!一緒に餃子もいただきます。

スーラータンメンはラー油の辛さ、ふんわり溶き卵で優しく包み、酸味でさっぱりと無限ループ間違いなしの美味しさ。麺もコシがあって美味しいし、細切りのタケノコと鶏肉、椎茸が抜群の歯応え。体は冷えきっていたのに額にうっすら汗が滲みます。餃子は小ぶりで肉と野菜のバランスもよく。あっという間に完食です。ごちそうさまでした。

ノスタルジックな足尾駅

街中をグルグル散策しているとなんとも趣のある駅を発見!足尾駅です。雪とノスタルジックな駅っていうのはなんとも絵になります。中に入ると無人駅でした。

なんとなく雪の影響も相まってアニメーション映画の『秒速5センチメートル』(2007)を思い出しました。劇中に登場する駅は岩舟駅です(機会があったら岩舟も散策したいです)。そこに偶然、一両編成の電車が。今日は冬季休業ばかりでツキがない(事前準備が足りないだけ)と思っていましたが、ラッキーでした。

駅舎の中になぜか『海街diary』(2015公開)のポスターが。公開からは相当時間が経っているのにと思ってよーく見てみると……。

ななな、なんと!ロケ地としてこの駅が使われているとのこと!どんなシーンで誰が来ていたのか気になって家に帰ってすぐチェックしてみると、なんと主要キャストの4人、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずがこの駅に来ているじゃないですか!

こんな美人が小さな駅に4人も集まって、時空に歪みが生じたりしないのか心配になります。劇中この駅から旅館までの近道を通るシーンも足尾で撮影されたようです(劇中では山形県河鹿沢温泉との設定ですが、駅は足尾、旅館は岩手県の花巻市。さすが世界の是枝裕和監督、絵作りのこだわりが感じられます)。外にはいろんな車両も展示されています。私は電車には興味がないのでよくわかりませんが……。

圧倒する景色、本山製錬所跡

街を離れていくと本山製錬所跡のスチームパンク的な景色を見ることができます。奇界遺産で有名なカメラマン佐藤健寿さんでなくともシャッターを押したくなる景色です。本山製錬所は銅の産出量の増加に対応するために、明治時代に開設されていましたが、1989年に操業を停止し、2010年より解体、撤去作業が始められ、現在はお化け煙突の異名をもつ巨大煙突、硫化タンクなどがのこるのみ。立ち入りは禁止されていてできませんが、遠くから眺めるだけでもしびれます。

雪の中を歩いてみる

途中、駐車場から展望台に登れるところを発見したので登ってみました。この日の天候は雪だったのですが、ここに来たときがMAXの降雪でした。久しぶりに雪の中を歩いた気がします。しんとした雪の静けさの中、ときどき木から雪が落ちるドサっとした音と、歩くたびに「グッグ」と雪を踏みしめる音。その音と雪の上を歩く感触が心地よくて、寒さや濡れた靴の冷たさも忘れて楽しくなってきました。注意深く観察すると小動物の足跡も見つけられます。

銅親水(あかがねしんすい)公園

この公園の銅は「あかがね」と読むそうですね。駐車場からちょっと歩きます。途中、足尾砂防堰堤(あしおさぼうえんてい)が見られます。砂防堰堤とは土砂災害を防ぐための設備のひとつですね。

水量はたいしたことないのですが、近いから迫力があります。

公園内には環境学習センターや軽食が取れるエリアなんかがあるみたいですが、こちらも冬季休業中でした。しかし、足尾砂防ダムの壁画や迫力ある銅橋は見られますよ。

本山抗跡を探す

足尾には3つの大きな坑道があります。一つは足尾銅山館構内の通洞坑、もう一つが本山抗(有木坑)それと、小滝坑。

せっかくなので、本山抗跡に行きたかったのですが、正確な場所がわからず、たぶんこれなのかな?というところまで来ました。

とても狭い道を進むので気をつけて行ってみてください。ここの案内図でわかったのですが、すべての坑道は繋がっているようですね。こっちにも集落があったらしく、跡が見られます。

近くにダムがあるんですが、面白いものを発見しました。当時の浴場跡です。

今回の足尾散策。冬季休業の施設が多いとわかっていれば、春に伸ばしていたでしょう。しかし、雪の足尾は今しか見られないし、たいへん趣のある景色が見られました。私が以前、見たのは赤い足尾。今回は白い足尾。次に来るときは何色の足尾を見せてくれるのか。また、来たくなる場所になりました。


千本 義信

1975年、栃木県大田原市で生まれる。中学生の時に親にカメラを買ってもらい、うまく撮れないことが悔しくて写真を撮り続ける。次第にカメラと写真の魅力に取り憑かれる。高校生になって憧れの写真部に入る。大会などにも参加して部長の地位を獲得。この頃には運動も勉強もできない私が進む道はカメラマンしかないと思い込む。高校を卒業し上京、東京ビジュアルアーツ写真学科へ。2年後、ギリギリの成績で卒業。その後、栃木県に帰り、印刷会社や写真スタジオのカメラマンを経て、2012年にフリーランスに。雑誌、企業広告、建築物、料理、商品撮影など、たくさんの人に支えていただき、今日もどこかで撮影中。

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