しもつかれに続く、栃木の珍味!サメを食す文化
10年ぐらい前のこと、某テレビ番組で「栃木県民はサメを食べる」と紹介したら大きな話題となった。海なし県の栃木で、しかもよりによってサメを食べるとは。このミスマッチともいえる組み合わせが、視聴者の心を掴んだのだろう。
ここでいうサメは、サガンボとモロである。スーパーなどでは切り身で売られているので、サメとは気付かずに買って食べた人もいるだろう。いずれも茨城、福島、宮城産だが、両者の食味は違う。
サガンボは体長70㎝~1m、重さ9㎏ほどのアブラツノザメのむき身をぶつ切りにしたものである。サガとは茨城や福島地方の方言で、恐らくは「サガの棒」が転じてサガンボになったのだろう。あるいは冬の寒い時期、魚屋などに吊して売られている姿が氷柱に似ていたので、サガンボと呼ぶようになったのかも知れない(栃木では氷柱のことをサガンボという)。ムキサメの名で販売されることもあり、主に冬に出回る魚である。なかでも砂糖醤油で甘辛く煮たサガンボは、栃木の正月料理の定番である。
一方、モロはネズミザメの切り身である。これは体長3m、重さ170㎏ほどの大型のサメで、主にアラスカやベーリング海など寒い地域に生息する。茨城ではモロ、宮城ではモウカと呼び、したがってモロとかモオカザメの商品名で販売されている。こちらも甘辛く煮たり、フライにしたりして食べる。
海なし県の栃木でなぜサメ??それには理由がありました
ところで、このサガンボやモロ、茨城や福島の漁師町ではマグロの延縄などにひっかかる厄介者であった。しかも死ぬとアンモニア臭が発生する。しかし、このアンモニアが魚を腐りにくくさせることから、山間部では受け入れられた。これが、栃木県でサメが食べられるようになった理由である。
栃木県とサメのつながりは古く、上草久村(現鹿沼市)の家に遺る「金銀萬覚帳」(今日の家計簿にあたるもの)には、1841(天保12)年の11月25日に「さが」と「さめ」を購入したことが書かれている。また、鹿沼宿の商家・大谷家では、「さめ」や「さが」の刺身を恵比須講(1月20日と10月20日)に来た客にふるまった。これらはからし酢につけて食べたようだ。
高タンパク低カロリー。実は栃木県民に限らず日本人にとって馴染みの食材
フカヒレや竹輪、はんぺん、かまぼこなどの練り物の例をあげるまでもなく、日本人にとってサメを食べることは特異なものではない。広島県の三次地方ではワニ(この地方ではサメをワニと呼ぶ)の刺身が郷土料理となっているそうだ。
しかしながら、栃木県で根付いたサメ食文化は、海のない地域で暮らす人々の知恵が込められている。近年、高タンパクで低カロリーのサメが再評価されている。一口食べてみると外観からは想像できない美味しさに出会えるだろう。
1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。