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文化と歴史

夏祭りを彩る江戸神輿

掲載日: 文化と歴史
夏祭りを彩る江戸神輿

神様の乗り物「神輿(みこし)」 

今年も夏祭りの季節がやってくる。祭りの華は何と言っても神輿(みこし)。セーヤのかけ声にあわせ、大勢の老若男女で担ぎ上げるさまは、見る者すべてを魅了する。輿(こし)とは人力で持ち上げて移動させるための運搬具をいう。つまり神輿は神様の乗り物であって、普段は神社に安置した神を氏子町内などに渡御させる時に使用する。その起源は奈良時代に遡り、養老4年(720)の隼人征伐の折、宇佐八幡宮の神を日向・大隅へ行幸する際に用いたのがはじまりとされる。その後、御霊信仰の広まりとともに各地に伝わった。

神社を模した形ときらびやかな装飾

神輿の多くは木製で、鳥居や階段、勾欄(こうらん)を配置するなど神社を模したものが一般的である。四角、六角、八角形の胴の上に唐破風の屋根を載せ、その頂点に鳳凰や擬宝珠、そして台には担ぎ棒を入れるための穴を開ける。胴まわりには彫金、彫刻、彩色、漆塗などの技術を駆使した細工物を施し、全体をきらびやかに装飾する。

大きなものになると幅1.4m、高さ3.5m、重さ2tに及ぶ。なかには屋根に粟殻を差し込み、四方の勾欄などに水引を結んだ粟殻神輿(小山市安房神社)という変わり種もあるが、栃木県内で多く見られるのは、江戸型の神輿である。江戸神輿は、胴を嵩(かさ)上げし、周りを回廊と勾欄と階で装飾した「勾欄造り」を特徴とする。

石橋江戸神輿(小川政次制作)

日本有数の江戸神輿の職人

江戸神輿を作る職人が下野市にいる。宝珠堂の小川政次さんである。小川さんは日本でも数少ない神輿師の一人で、栃木県版の人間国宝ともいえる栃木県無形文化財技術保持者(工芸技術)に指定されている。昭和20年、16歳の時に神輿職人であった父・新三郎から手ほどきを受け、その後千葉県市川市行徳町の五代目浅子周慶のもとで修行を重ねた。そして27歳で独立、JR石橋駅近くの下野市花の木に店を構えた。小川さんが手がけた神輿は有に一千基を超える。

石橋江戸神輿を制作する小川政次氏

手仕事の技が結集

近年、職人の世界でも機械化が進んでいる。しかし、構造が複雑で耐久性を要する神輿は、手仕事の技が不可欠である。鋸や鉋、チョウナなど各種の道具を使い分け、完成までには子ども神輿で三ヶ月、大型のものになると一年以上の歳月を要すという。神輿はまた形の優美さが要求される。加えて釘を使わずに、穴とほぞ穴を接合することで組み立てていくので、寸分の狂いも許されない。

神輿の修理・復元も

小川さんの工房では神輿の修理や復元も行う。使われなくなった神輿に新しい命を吹き込むことも小川さんの仕事の一つである。祭りには数々のドラマがある。もちろん神輿やその担ぎ手にもドラマがある。そうした背景を感じながら祭りに参加するのも面白い。


篠﨑茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。

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