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文化と歴史

栃木県の由来

掲載日: 文化と歴史

「漢字で書けない都道府県」4位の栃木

先日、漢字で書けない都道府県ランキングという記事をネットで見た(2020年2月gooランキング編集部調査による)。それによると1位は岐阜県で、全体のおよそ2割の票を集めていた。そういえば「阜」という漢字は、地名以外に目にすることは少ない。以下、2位は茨城県、3位は新潟県、そし、4位には栃木県が入っていた。地元にいると気付かないが、「栃」という文字も難度が高そうだ。

「とちぎ」の語源

「栃木」の地名の語源は諸説ある。まずあげられるのは「十千木(とおちぎ)」説で、栃木市の中心部にある神明宮の社殿の屋根にある2組の千木(ちぎ)と8本の鰹木が遠方からは10本に見えたことから「十千木(とおちぎ)」、それが転じて、このあたりを「とちぎ」と呼ぶようになった。

他には県木にもなっているトチノキが多く生えていたことを由来とする「トチノキ」説、この辺り一帯は洪水で地形が千切れていたことから「チギ」に接頭語の「ト」をつけて「とちぎ」と呼ぶようになったとする「地形」説。

あるいは『古事記』に登場する豊城入彦命が「木(毛)の国」を意味する栃木県と「木(紀)の国」を意味する和歌山県を区別するために、遠く離れた栃木県を「遠津木(とおつき)」と呼び、それが「とちぎ」になったという説もある。しかし、真相はわからない。

旧栃木市市章。平成22(2010)年まで使用された。二本の千木・鰹木で十字、千木を配して「十千木」のを表す。
トチノキ。ムクロジ科トチノキ属の落葉広葉樹。昭和41(1966)年に栃木県の県木に制定された。
公文書(国立公文書館蔵)。明治6(1974)年に宇都宮を廃し、栃木県となったことを記した文書。「橡木県」と書かれている。

「栃」の字の由来

興味深いのは「栃」の字の由来である。「栃」は日本で作られた国字であって、漢字ではない。本来トチは「櫔」あるいは「橡」と書くが、「栃」は「櫔」を変形させたものといわれている。すなわち、つくりの一部を構成する「萬」を簡略化して「万」に、それに「厂」を合成させたものが「栃」である。

ところで、江戸時代には、「十千木」の千木が十集まると「万」になることから「杤」と書かれた。明治4(1972)年の廃藩置県によって栃木県が誕生するが、当時の公文書には「橡木県」「杤木県」「栃木県」が混在している。その後、「杤木県」への統一が試みられたが失敗に終わり、明治12年4月になってようやく「栃木県」が正式名称となった。

中山道例幣使道分間延絵図。第三巻(部分)。復刻版(平成元年・原本:文化4年 東京美術)。江戸時代には「杤木」と書かれた。

篠﨑茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。

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