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エアコンがなかった時代の「涼」のつくり方

掲載日: 文化と歴史
エアコンがなかった時代の「涼」のつくり方

栃木の暮らしに見る、夏を乗り切る知恵

今では、暑い夏を快適に過ごすためにエアコンや冷蔵庫が欠かせません。でも、それらがなかった時代の人々は、いったいどのように暑さをしのいでいたのでしょうか。

風を家の中に通し、植物で日差しを和らげ、井戸水で食べ物を冷やす。そして夜には蚊帳の中で眠る――。昔の栃木の暮らしには、身近にあるものを上手に生かして「涼」をつくる工夫がありました。

今とは少し違う、昔の夏の過ごし方。そこには、暑さと向き合ってきた人々の知恵が詰まっています。

風を通して、音や緑で涼を感じる

昭和の時代の宇都宮は、最高気温が35度をこえる日や熱帯夜(夜間の最低気温が25度以上の日)になることはほとんどなかった。当時を知る者にとって、今日の猛暑や酷暑は本当に異常である。とはいえ昔の夏が過ごしやすかったわけではない。なにしろ扇風機が普及しはじめるのは大正時代、エアコンに至っては昭和40年代の中期以降のことである。そのため昭和の人々も様々な工夫をすることで暑い夏を乗り越えた。

かつての農家の屋根は茅や麦わらで葺かれていた。天井は高く、開放的な間取りの家が多かったので、障子や引き戸を開け放しておくと、部屋の奥まで風が通ったという。軒先には風鈴を吊るし、ヘチマやアサガオ、ホオズキなどの植物を這わせることで、音や見た目で涼を楽しんだ。そして、夕方には打ち水を行うことで暑さを忘れた。

井戸水と蠅帳が守った、夏の食卓

夏と言えばアイスにかき氷、冷やしたスイカが思い浮かぶ。ただし、電気冷蔵庫が一般家庭に普及するのは昭和30年代の中期以降である。当時は1ドアの小型サイズのものであっても、目玉が飛び出るような値段だった。この頃は、白黒テレビ、電気洗濯機とともに「三種の神器」の一つに数えられ、冷蔵庫を購入することは主婦の夢だった。それ以前は、食べ物をザルに入れて井戸の中に吊るしておいた。井戸水は年間を通してほぼ一定の温度に保たれていたので、夏は冷たく、冬は暖かく感じる。そのため夏は食べ物をほどよく冷やすことができた。

かつては、イエバエやキンバエなど不快な蝿が多かったので、食べ物は蠅帳に入れて蠅がたかるのを防いだ。蠅帳の前面や側面の一部は網で覆われており、通気性を保つ造りになっていた。卓袱台の上の食べ物には、網のついた枠、あるいは折りたたみ式の傘状のカバーを被せておいたが、これも蠅帳と呼ばれた。

蠅帳(栃木県立博物館蔵) 卓袱台の上にのせた
蠅帳(栃木県立博物館蔵) 戸棚タイプのもの

蚊帳の中で眠る、夏の夜

夜は蚊帳の中で寝た。戸を開け放しても虫に刺される心配はないが、蚊帳の中に虫を入れてしまっては意味がない。そのため体をたたいて虫がいないことを確かめてから裾をめくり、すばやく中に入った。1,000年以上も前から使用された調度品ではあるが、昭和時代の後期に網戸が普及したことで見ることは少なくなった。しかし、電気や薬剤を使わないものなので見直しも進んでいる。

蚊帳

猛烈な暑さが続き、今や冷蔵庫やエアコンのない生活など考えられない。しかし、昔の人々の暮らしを参考に、可能な範囲で実践してみると、地球にやさしい生活ができるかも知れない。


篠﨑 茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。

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