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歴史と伝統のある「結城紬」

掲載日: 文化と歴史
歴史と伝統のある「結城紬」

庶民の知恵から生まれた結城紬

結城紬は、栃木県小山市や下野市、茨城県結城市及びその周辺で生産されている絹織物である。現在は、高級織物の代表として知られているが、本来は玉繭や汚れ繭など生糸の原料には適さない繭から真綿を作り、そこから引き出した糸で織られた軽くて丈夫な、そして庶民の知恵から生まれた織物である。

その起源は、古代に織られていた「長幡部絁(ながはたべあしぎぬ)」とも中世の文献に出てくる「常陸紬(ひたちつむぎ)」ともいわれているが、少なくとも江戸時代には「結城紬」の名で広く流通し、1712年に出版された『和漢三才図絵』には、最上級の紬として紹介されている。

このころの結城紬は無地か縞柄で、江戸の旦那衆などからも支持されていた。

明治時代になると絣織、大正時代には縮織(ちぢみおり)の結城紬が作られ、若い女性向けの着物も開発された。戦後になると、絣の模様は細かくなり、細工物と呼ばれる高級品も生産されるようになる。

結城紬120ベタ亀甲男物羽織。亀甲は結城紬によく見られる絣模様。120ベタ亀甲とは織幅約38㎝に120個の亀の甲羅のような模様が、隙間なく並んでいることをいう。

ユネスコ無形文化遺産の代表的に

結城紬は、伝統的な技法で作られる織物としても知られている。そのすべてが手作業で行われるが、そのうち「使用する糸は、すべて真綿より手つむぎしたものとし、強撚糸(きょうねんし)を使用しないこと」、「絣(かすり)模様を付ける場合は、手くびりによること」、「いざり機で織ること」の3つの要件を満たしたものは、1956(昭和31)年には国の重要無形文化財に、2010(平成22)年にはユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に記載されるなど世界的にも高く評価されている。

糸つむぎの様子。真綿をツクシと呼ぶ道具に巻き付け、端から繊維を少しずつ引き出して、もう片方の指で唾液を付けながら捻りを加えて1本の糸にまとめていく。できた糸はオボケにためておく。

結城紬の糸。つむぎ糸1ボッチ。真綿にして50枚分。着物1反を作るためには、これが約8個必要。

絣くくりの様子。染めたくない部分を綿糸で縛っていく。同じ力で縛ることが大切。細かな絣模様を作るためには、たくさんの箇所を縛らなければならない。

三代に渡り、輝きを増す結城紬

結城紬は高すぎて、とても手が出ないという人も多いだろう。しかし、糸をとるだけで1ヶ月、織るのに1ヶ月、細かな絣の模様になると、さらに多くの人手と時間をかけて作られる結城紬には、それに見合うだけの価値がある。そして「結城三代」といわれるように、親から子、子から孫へと着るほどに輝きを増すのも結城紬の特徴の一つである。

機織りの様子。重要無形文化財の結城紬は、いざり機(ジバタ、ハタシ)と呼ぶ原始的な機織り機で織らなければならない。細かな絣模様になると、1日に10㎝程度しか織れないこともある。

結城紬に触れてみよう

結城紬の歴史や文化、商品について詳しく知りたい方は、小山駅前の「おやま本場結城紬クラフト館」や小山市絹地区にある「桑・蚕・繭・真綿かけ・糸つむぎのさと」、結城市の「つむぎの館」、「本場結城紬・郷土館」、「紬の里」などがおすすめである。なかには、糸つむぎ体験や機織り体験、着心地体験を実施しているところもあるので、結城紬の糸や布に触れることもできる。

それから結城市では令和5年11月11日と12日に「きものday結城」、小山市では11月25日に「小山きものの日 」を実施するので、興味のある方は訪ねてみるとよいだろう。

結城紬反物。
機織り体験もおすすめ。

篠﨑茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。

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