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文化と歴史

正月の頃

掲載日: 文化と歴史
正月の頃

正月は一年を祈念するとき

令和2年(2020)も無事にスタートしたが、今年の正月はいかが過ごされただろうか。正月は、歳神様【としがみさま】を迎えて1年間の無事や安全、豊穣などを祈念する時で、1年のなかでも特別な行事を集中して行う。この神様はご先祖様とも考えられている。

正月のなかでも1月1日から7日までの7日間は大正月【おおしょうがつ】、1月15日の前後3日間(14,15,16日)は小正月【こしょうがつ】という。

しめ飾り。神棚だけでなく、井戸、便所、厩、竈にも飾り付けた。

大正月は早朝の若水【わかみず】汲みから始まり、神棚や仏壇、門松などに供物を供えて、餅や雑煮、お節料理を食べる。また、お年玉をあげたりもらったりする。一方、小正月にはドンド焼きなど1年間の無事や豊作を願う予祝行事が見られる。

栃木の農村部で作られていた門松。写真をよく見ると、道の両脇に山から採ってきた竹、松などが飾り付けてある。門松は、歳神様への目印である

正月は松の内(1月7日)まで、あるいは正月3が日(1月3日)までとされ、時代とともに短くなる傾向にあるが、かつては1月20日までが正月であった。その間に山入りや鍬入り、恵比須講(商売繁盛を願い、恵比須を祭ること)などを行い、七草粥や小豆粥を食べて、五穀豊穣や家内安全を願った。

旧正月は旧暦の1月1日

「旧正月」と呼ぶ日がある。今年は1月25日がそれにあたり、普段とは変わらない1日として、過ごす人が多いと思うが、お隣の中国では「春節」といい、特別な日と位置付けている。また、韓国、台湾、ベトナムなどでも旧正月は祝祭日となっている。そして、日本でも、特に農村部では昭和30年代頃まで、正月とあわせて旧正月も意識されていた。

旧正月とは旧暦1月1日のことである。旧暦は、日本では明治5年(1872)まで用いられ、この時までは、旧正月こそが真の正月であった。月の動きを基にした旧暦は、年によって動きはあるが、概ね1月下旬から2月下旬頃が正月となる。

ドンド焼き。小正月の中心となる行事。この火であぶった団子(繭玉団子)を食べると風邪をひかないといわれている。本来は、旧暦1月14日。1年最初の満月となる頃に行う。

正月には大事な意味がある

当時の人々にとって、正月はどんな日だったのだろう。この頃は、一年で最も寒い時期ではあるが、春の息吹が感じられる時でもある。すなわち、寒い季節に終わりを告げ、木々が芽吹き始める時、つまり新しい命が宿る時である。そうした時期に特別な料理を作って歳神様(ご先祖様)をお迎えし、新たな年を共に祝う。

これが正月の本来の意味である。そのために、人々は前年から大掃除を行うことで家や屋敷を清め、歳神様への目印である門松を立てたり、その居場所となる歳神棚【としがみだな】やしめ飾りを作ったりするなど正月の準備に余念がなかった。

歳神棚といい、年神様(ご先祖様)を祀る場。その年の恵方に作る家もある。写真は高根沢町の民家。

新暦の正月が定着した現在となっては、旧暦に戻すことは難しい。しかし、本来の正月の意味を知り、心の片隅にでもその季節感を感じていただけたら、正月の見方も変わり、生活に潤いが出るかも知れない。

栃木県立博物館では、1月11日~2月9日まで、テーマ展「栃木の年中行事」を開催しています。くわしくは、http://www.muse.pref.tochigi.lg.jp/ をご覧ください。


篠﨑 茂雄

1965年、栃木県宇都宮市生まれ。宇都宮大学大学院教育学研究科社会科教育専修修了。栃木県立足利商業高等学校、同喜連川高等学校の教諭を経て、1999年より栃木県立博物館勤務。民俗研究、とくに生活文化や祭り、芸能等を専門とし、企画展を担当。著書に『栃木民俗探訪』(下野新聞社)などがある。

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